布団の中の反省会と、マグネシウムという栄養素
夜、布団に入って電気を消す。体はくたくたなのに、頭のほうはなぜか元気だ。
昼間の会議で言いそびれた一言が浮かぶ。明日の朝イチで送るメールの文面を考えはじめる。そういえば車検っていつだっけ、と関係ないことまで思い出す。気づけば一時間たっていて、つい時計を見てしまい、「あと五時間しか寝られない」という計算がさらに目を冴えさせる。
この夜の反省会、参加者は自分ひとりなのに、なかなか閉会しない。
去年の冬、まさにこれが続いていた時期に、学生時代の友人と飲んだ。ジム通いが趣味で、プロテインの成分表を読むのが好きなタイプの男だ。こちらの愚痴を聞くなり、彼は「マグネシウム足りてる?」と言った。正直、最初は聞き流した。鉄分やカルシウムならまだしも、マグネシウム。理科の実験で燃やして白く光らせた、あれである。
ところが帰り道に調べてみると、これが思っていたより睡眠と縁の深い栄養素だった。
マグネシウムは体の中で三百種類以上の酵素の働きに関わっているとされるミネラルで、睡眠まわりでよく名前が挙がる役割は三つある。
神経の興奮を落ち着かせる方向に働くこと。ストレスを受けたときに出るホルモンが出すぎないよう、抑える側に回ること。そして、眠気に関わるホルモンの材料づくりにも関わっていること。
ざっくり言えば、昼間アクセルを踏みっぱなしだった体に「そろそろブレーキを」と合図を送る係のひとつ、ということになる。
よく使われる説明に、カルシウムとの対比がある。筋肉や神経が「緊張」と「ゆるみ」を行き来するとき、緊張する側を受け持つのがカルシウムで、ゆるむ側を受け持つのがマグネシウム。足がつりやすい人にマグネシウムの話がよく出てくるのも、これが理由らしい。細かい仕組みまで覚える必要はなくて、「ゆるめる側の担当」とだけ覚えておけば十分だと思う。
スイッチといっても、押せば一発で眠れるボタンではない。どちらかというと、スイッチが入りやすいように部屋を片づけておく係に近い。ここは誤解のないように書いておきたい。
しかもこのミネラル、汗やストレスで出ていきやすいと言われている。夏場に汗をかき、仕事で気を張り、コーヒーを何杯も飲む。そういう生活をしている人ほど、知らないうちに目減りしているかもしれない。国の栄養調査を見ても、推奨されている量に届いていない大人は少なくないらしい。
友人は最後に「まあ、おれはサプリ飲んでるけどな」と付け加えた。そっちに行く前に、食べ物のほうから見てみたい。
マグネシウムは、冷蔵庫と乾物の棚にある
マグネシウムを多く含む食材として真っ先に挙がるのは、海藻類、ナッツ類、豆類だ。なかでもあおさ、わかめ、ひじきといった海藻は含有量がトップクラスで、乾物の成分表を見ると桁がひとつ違う。豆類なら豆腐や納豆、きなこ。どれもスーパーやコンビニで普通に手に入るものばかりだ。
とはいえ、乾燥ひじきを丼一杯食べる人はいない。一回に口に入るのはせいぜい数グラムだ。量で勝負するより、毎日の食事にちょこちょこ混ぜ込むほうが現実的だと思う。
たとえば、朝の味噌汁にあおさをひとつまみ入れる。インスタントの味噌汁でもいい。お湯を注いだ瞬間に磯の香りが立って、それだけで少し丁寧な朝を過ごしている気分になれる。昼がコンビニなら、おにぎりをわかめご飯にして、サラダを海藻サラダに替える。レジ横の小袋のアーモンドやカシューナッツを、スナック菓子の代わりにする。夜は冷奴か納豆を一品足す。
並べてみると、どれも地味だ。地味だが、「サプリを買いに行く」より腰が軽い。
乾物は日持ちするのも助かる。あおさの袋は数百円で、味噌汁に入れるペースなら一か月くらいはもつ。冷蔵庫の野菜のように、気づいたらしなびていた、ということがない。忙しい人には、これが案外大きい。
ナッツについてはひとつだけ注意がある。袋を開けると止まらない。素焼きのアーモンドは、気づいたら一袋が空になっている食べ物の代表格で、そのぶんカロリーもしっかりある。手のひらに乗るひと握りを目安にして、残りは袋ごと引き出しにしまうのがいい。デスクに出しっぱなしにすると、会議のたびにつまんでしまう。これは経験談だ。
玄米や全粒粉のパンにも多めに含まれている。白米をいきなり全部玄米に替えるのはハードルが高いので、週に何回か混ぜるくらいから始めれば十分だと思う。
外食が多い人なら、定食屋の小鉢でひじきの煮物を取る、蕎麦屋でわかめそばを頼む、くらいの意識でもだいぶ違う。居酒屋なら枝豆と海藻サラダ。ビールのつまみとしても優秀で、罪悪感も少ない。
ちなみに「じゃあ全部サプリで」と飛びつく前に、ひとこと。マグネシウムのサプリメントは摂りすぎるとお腹がゆるくなることがあるし、腎臓に持病がある人や薬を飲んでいる人は、使う前に医師や薬剤師に相談したほうがいい。食べ物から摂るぶんには、そこまで神経質にならなくていい。
エプソムソルトの湯船という「裏技」
食べるのとは別に、もうひとつ面白い入り口がある。お風呂だ。
エプソムソルトという入浴剤を聞いたことがあるだろうか。名前にソルトとついているけれど、食塩ではない。正体は硫酸マグネシウムで、イギリスのエプソムという町の鉱泉から見つかったのが名前の由来らしい。海外では昔から、疲れた日の入浴の定番として親しまれてきた。
マグネシウムは皮膚からも吸収される、という話がある。これを「経皮吸収」と呼ぶ。ただ正直に書いておくと、お湯に浸かって皮膚からどれくらい入るのかについては研究者のあいだでも意見が分かれていて、はっきりした結論はまだ出ていない。
それでもこの裏技をすすめたいのは、湯船に浸かること自体に意味があるからだ。
人は、体の内側の温度、いわゆる深部体温が下がっていくタイミングで眠気がやってくる仕組みになっている。お風呂でいったん体を温めると、上がったあとに熱が手足から逃げていき、深部体温がすっと下がっていく。その下り坂で布団に入ると、寝つきがスムーズになりやすいと言われている。エプソムソルトの湯船なら、マグネシウムと体温の下り坂を一度に用意できる。
目安は、寝る九十分くらい前に、三十八度から四十度のぬるめのお湯へ十五分ほど。熱い湯にさっと入るより、ぬるめにゆっくりのほうが向いている。量はパッケージの表示に従えばいい。
入れ方は簡単で、お湯を張ってから袋の表示どおりの量を入れ、底にたまった粒を手でかき混ぜて溶かすだけ。香りつきのものもあるが、最初は無香料から試すと自分に合うかどうかがわかりやすい。肌が弱い人は、少なめの量から様子を見るのが無難だ。
上がったあとは、部屋の照明を少し落としておきたい。ここで煌々とした白い照明の下に戻ってしまうと、せっかく下り坂に入った体が我に返る。
追い焚き機能のある給湯器は、入浴剤の種類によって使えないことがある。エプソムソルトを入れる前に、給湯器の説明書かメーカーのサイトで確認しておくと安心だ。
わが家でこれを始めていちばん変わったのは、実は睡眠そのものより、シャワーで済ませる夜が減ったことだった。「せっかく買ったし」という貧乏性が、湯船に浸かる理由になる。スマホを風呂に持ち込まなくなったぶん、寝る前に画面を見ている時間も短くなった。裏技のご利益は、案外そういうところにある。
夕食から寝る前までが、いちばんの狙いどころ
では、いつ摂るのがいいのか。
眠りのための栄養という意味では、夕食から寝る前にかけての時間帯がすすめられることが多い。夜、体がリラックスへ向かう流れと重なるからだ。朝や昼に摂ったぶんが無駄になるわけではないけれど、意識して足すなら夜、と覚えておくとわかりやすい。
夕食の味噌汁にわかめを多めに入れる。副菜に冷奴を一品。晩酌の日はつまみをナッツにする。食後に時間があれば、エプソムソルトの湯船に浸かる。書き出してみると、どれも今夜からできることばかりだ。
ただ、全部を一度に始めないほうがいい。今週はあおさだけ、来週から湯船を週二回、くらいの足し算で十分だ。どれかひとつが習慣になれば、残りはあとからついてくる。健康習慣というのは、最初に張り切った人から順番にやめていくものだと、個人的には思っている。
寝る前にどうしても何か口に入れたいなら、きなこを溶かした温かい豆乳あたりが候補になる。温かいマグカップを両手で持ってぼんやりする時間そのものが、反省会の開会を少し遅らせてくれる気もする。ただし量はマグカップ一杯まで。胃がフル稼働していると、それはそれで眠りの邪魔になる。
逆に、せっかくの流れを台無しにしやすいものもある。寝る前のお酒は、寝つきが早くなったように感じても、夜中に目が覚めやすくなると言われている。夕方以降のコーヒーやエナジードリンクも同じで、カフェインは思っているより長く体に残る。マグネシウムでブレーキの準備をしながらアクセルを踏み足していては、話が前に進まない。
もうひとつ付け加えるなら、マグネシウムだけで眠りが整うわけではない。寝る時間と起きる時間をそろえる、寝室を暗くする(難しければアイマスクで目もとの光だけでも遮る)、布団の中でスマホを見ない。そういう基本の上に、ちょっと足しておくもの。それくらいの位置づけがちょうどいいと思う。栄養は主役ではなく、舞台を整える裏方だ。
冒頭の反省会の話に戻すと、あれからも閉会しない夜はある。完全になくなったとは言わない。ただ、あおさの味噌汁とぬるめの湯船を習慣にしてから、夜の過ごし方そのものが少しゆっくりになった。電気を消す前に、体のほうが先に「今日はもう終わり」と言っている感じがある。
例の友人にそう報告したら、「だろ?」とだけ返ってきた。サプリの銘柄まで教えてくれたが、そちらはまだ買っていない。まずは今夜、乾物の棚の奥で眠っているあおさの袋を開けるところからでいいと思う。





