サウナのあと、なぜ寝落ちが早いのか|深い睡眠が70%増えた5人の記録
サウナに行った日の夜だけ、寝るまでの記憶がない
サウナに行った日の夜は、寝るまでの記憶がありません。
正確に言えば、布団に入った記憶はあります。スマホを枕元に置いて、いつもどおり天井を見上げた。問題はそのあとで、そこから朝までがまるごと抜け落ちている。普段の私は寝つくまでに30分くらいかけて、その間にどうでもいい心配ごとを2つ3つひねり出すのが恒例なのですが、その工程が丸ごと消えている。
長いあいだ、これを「疲れたからでしょ」で片づけていました。実際そうなのだろうと思っていたんです。熱い部屋で汗をかいて、冷たい水に飛び込んで、椅子でぐったりする。体力を使ったから寝る。筋が通っている。
ただ、それにしては翌朝の感触が違うんですよね。運動でくたくたになって寝た日は、翌朝どこかしら重い。サウナの翌朝は、そこが軽い。同じ「疲れて寝た」なのに、出てくる結果が違う。この差は何なんだろうと、外気浴の椅子でぼんやり考えていたことがあります。まあ、ととのっている最中に考えごとをするのは野暮なのですが。
調べてみると、この現象はけっこう前から研究されていました。しかも、思っていたよりずっと小規模な研究でした。そこには、都合のいい結果だけではなく、ちょっと意外な数字まで残されていたんです。
1976年、たった5人の記録
フィンランドサウナ協会が公開している資料に、この分野でよく引き合いに出される古い報告があります。プトゥコネンとエロマーという2人の研究者が1976年にまとめたもので、被験者は5人でした。
5人です。学級会より少ない。
内容はこうです。夕方にサウナに入った夜と、入らなかった夜の眠りを脳波で比べたところ、眠り始めの2時間で深い睡眠が70%以上多かった。眠り全体を6時間で見ても45%多い。夜中に目が覚めている時間についても、統計的に有意に少な6くなっていたと報告されています。
深い睡眠というのは、脳波でいうと第3段階から第4段階にあたる時間帯のことです。体の修復や免疫の働きが活発になるとされる、いわば眠りの中の本番。ここが増えていた、というのがこの報告の骨子でした。夢を見ているレム睡眠とは別枠の話で、眠りの前半に集中して現れるという性質があります。
そしてもうひとつ、個人的にいちばん面白かったのがこれです。被験者たちが眠気を感じはじめたのは、サウナを出てからおよそ2時間後だった。
すぐではないんです。2時間後。この数字は後でもう一度出てきます。
正直に言えば、5人というのは研究としてかなり小さい。1976年という年代も、現在の睡眠計測の水準から見ればずいぶん昔の話です。私が生まれてすらいない。ですから「サウナに入れば深い睡眠が70%増える」と胸を張って言うには、あまりに心もとない数字ではあります。
それでも紹介する価値があると思ったのは、この資料に添えられていた一文のせいでした。後年の調査では、サウナのあと逆に寝つきにくくなったと答えた人が約3%いた、と書いてあるんです。全員に同じことが起きるわけではない、と。
都合の悪い数字を消さずに残している資料は、それだけで少し信用できる。私はそう思っています。健康の話は、いいことだけを並べたがるので。
心拍が語っていた、「ととのう」の正体
もう少し新しくて、規模の大きい報告もあります。2019年に『Complementary Therapies in Medicine』に載ったもので、こちらは93人。ラウカネンらのチームによる研究です。
平均年齢52歳、半分強が男性。血圧やコレステロールなど、心血管のリスク因子を持つ人たちが対象でした。73℃のサウナに30分入ってもらい、その前・最中・後で心拍変動を測っています。
心拍変動というのは、鼓動と鼓動の間隔のゆらぎのことです。心臓は正確なメトロノームではなくて、間隔がわずかに伸び縮みしている。そのゆらぎ方から、自律神経がいまどちら側に傾いているかを推し量ることができる、という指標です。
で、結果が面白い。サウナに入っている最中と、出たあとで、真逆のことが起きていました。
入っている最中は、リラックス側を担当する副交感神経の成分が一時的に落ちます。まあ、そうでしょうね。73℃の部屋にいるのだから、体からすれば完全に非常事態です。落ち着いている場合ではない。
反転するのは、サウナを出てからでした。クールダウンしている間に副交感神経の活動を示す成分が増え、交感神経側の成分は下がっていく。安静時の心拍数は、サウナ前が1分間に77拍だったのが、30分の回復後には68拍まで落ちていました。
つまり「ととのう」と呼ばれているあの状態は、サウナ室の中で起きているのではなく、出たあとの椅子の上で起きている。熱い部屋は前フリで、本編は外気浴だったわけです。
ついでに言えば、この93人は健康自慢の若者ではありません。平均52歳で、血圧やコレステロールに不安を抱えた人たち。つまり、私たちの少し先を歩いている世代です。特別な体質の話ではないというのは、読んでいて地味に心強い部分でした。
言われてみれば体感とも合います。サウナ室の中で幸せそうな顔をしている人って、あまりいませんよね。たいてい無言で、腕を組んで、砂時計をにらんでいる。あれは楽しんでいるのではなく耐えている顔です。表情がゆるむのは決まって外に出てからで、あの順番には理由がありました。
結局のところ、体温の落差の話
では、なぜ深い睡眠が増えるのか。いちばん有力とされているのは、体温の話です。
人の体は、眠りに入る前に深部体温——体の内側の温度が下がっていきます。この下降そのものが、眠気のスイッチのような役割を果たしていると考えられている。夕方にピークを迎えて、夜に向かって落ちていくカーブ。あの下り坂の途中で、私たちは眠くなっているわけです。
サウナは、この体温を一時的に、かなり強引に持ち上げます。上げた分だけ、そのあと下がるときの落差が大きくなる。落差が大きいほど、眠りは深いところまで届きやすいとされています。
これ、湯船の話とまったく同じ構造なんですよね。「寝る90分前に湯船に入るといい」と言われるのも、理屈はここです。サウナはその強化版みたいなもので、上げ幅が大きいぶん、下り坂も急になる。逆に言えば、サウナが特別な魔法を使っているわけではない。同じ坂を、少し高いところから滑り出しているだけです。
ここから逆算すると、サウナに入る時間帯にも目安が見えてきます。1976年の研究で被験者が眠気を感じはじめたのが、サウナのおよそ2時間後でした。24時に寝たいなら、22時前後にはサウナを出ておく計算になります。
……これを知ったとき、私はしばらく黙りました。
金曜の夜、深夜1時近くまでサウナにいて、そのままの勢いで帰宅して布団に倒れ込む。その過ごし方を、何年も繰り返してきたからです。体温が下がりきる前に横になっていたわけで、目が冴えていたのも当然でした。むしろ「サウナに行ったのに眠れない」と首をかしげていた自分が恥ずかしい。行くのが遅すぎただけでした。
サウナのあとに気をつけている3つのこと
一つ目は水分です。当たり前すぎる話ですが、汗をかいた分を戻しておかないと、夜中に喉の渇きで目が覚めます。深い睡眠がどうこう以前に、覚醒の原因を自分で仕込むことになる。
ちなみに私は、サウナ室に入る前と、出たあとの2回に分けて水を飲むようにしています。あとで一気に流し込むより、体が受け取ってくれている感じがある。気のせいかもしれませんが、深夜3時に喉の渇きで起きる回数は確実に減りました。
二つ目はビール。これは、正直に言うとやめられていません。サウナ上がりの1杯は完全に生活の一部です。ただ、アルコールは眠りの後半を浅くする方向に働くと言われているので、前半で稼いだぶんを後半で返しに行っているようなものではある。せめて2杯目は炭酸水にする、というあたりで折り合いをつけています。
三つ目は、合わない人もいるという事実です。先ほどの約3%。熱に強い弱いは個人差が大きいですし、寝る直前の入り方が体に合わない人もいる。翌朝の調子が悪い日が続くようなら、それは自分の体が「その時間帯じゃない」と言っているのだと思います。
サウナに行けない日のほうが、圧倒的に多い
ここまで書いておいてなんですが、サウナは毎日行けるものではありません。時間もかかるし、金もかかる。週に1回行けたら上出来、という人のほうが多いはずです。私もそうです。
ただ、今回の話で使われている材料そのものは、わりと平凡でした。体温を一度上げて、下がる落差をつくる。そのあとに、副交感神経へ切り替わるための時間を確保する。この2つです。
前者は湯船でもできます。後者にいたっては、要するに「何もしない時間をつくる」というだけの話です。外気浴の椅子でぼんやりしていた、あの手持ち無沙汰な数分間。あれをスマホを見ずに過ごせるかどうかが、たぶん分かれ目になっている。風呂上がりにすぐ画面を見てしまうと、切り替わりかけた神経がまた仕事モードに引き戻されます。私はここで何度も失敗しています。
そして、夜がどうにもならなかった日のために、昼に休む手段を持っておくのも悪くない選択だと思っています。15分から20分、目を閉じて何も見ない時間をつくる。外気浴のミニチュア版を、平日の昼にデスクでやっているような感覚です。
私たちが昼寝の道具をつくっているのも、根っこはそのあたりにあります。部屋を暗くできないなら、目のまわりだけ夜にしてしまえばいい。椅子から動けないなら、動かないまま何も見ない時間をつくればいい。
深い睡眠が70%増えるかどうかは、正直なところ5人分の記録では分かりません。ただ、熱くなって、冷えて、何もしない時間を挟んでから眠る。この順番が体に合っているらしいことは、50年前の5人も、2019年の93人も、そして金曜の夜の自分も、それぞれのやり方で示している気がします。
休むことは、悪ではありません。むしろ、次の日をまともに始めるための準備です。
参考:Putkonen P, Elomaa E.(1976)Sauna Studies/フィンランドサウナ協会「Sauna and sleep」/Laukkanen T ほか「Recovery from sauna bathing favorably modulates cardiac autonomic nervous system」Complementary Therapies in Medicine(2019年)




